本記事は、1時間で読み終わるエンジニアリングマネジメント本を書き始めてみるで挙げたトピックの1つです。

はじめに

新しい取り組みを始めるのは、簡単ではありません。取り組みを始めるためのリソースを調達する必要があるからです。

しかし、新しい取り組みよりもはるかに難しいのが、すでに続いているものをやめることです。個人的にはむしろ、始めるとき以上のコストがかかると感じています。改善施策であっても、プロダクト開発であっても、進んでしまっているものを止めるのは非常に困難です。

では、なぜやめる決断を下すのが難しいのでしょうか。

やめる決断が難しい理由

ステークホルダーの存在

着手してからある程度時間が経つと、PdM、営業、CS、運用など、複数のステークホルダーが自然と関わってきます。 ちょっとした勉強会や情報共有の場であったとしても、チームや組織を横断していると、自然と関わる人が増えていきます。

そこでやめる決断を下すためには、(ものによりますが)関わる人全員に説明して合意を取る必要があります。「いや、やればいいじゃん」と思われるかもしれませんが、日々の多忙な業務の中で、この心理的なハードルと準備面のハードルを超えてやめる方向で動き出すのは、簡単ではありません。

特にプロダクトでリリースしているものがある場合は、顧客が関わってくるため、さらに難易度が上がります。顧客アナウンス、関連ドキュメントの更新、社内の調整、社内外の問い合わせ対応など、整理すべきことがたくさんあります。

サンクコストが重い

やめる判断が難しい理由のもう1つは、サンクコストです。すでに多大な時間やコストを投じてしまっているので、もったいないと感じてしまうのです。この兆候は会話の中で表出することがあります。「ここまでやったのだから」「せっかくだから」といった言葉が出てきた場合は要注意です。

すでに払ったコストは戻りません。やめるための判断時は「ここまで使ったコスト」ではなく、「ここから先の期間で、続ける場合の効果および他に費やした場合の効果」で考えたほうが良いです。 いま継続して払っているコストは、将来の投資機会を逃し続けるコストでもあります。今やめて別のテーマに時間を使えば、新しい機会にチャレンジできるはずです。

やめる決断を下すためのポイント

やめる決断が難しいとはいえ、実現するためのポイントがいくつかあります。私個人が意識している、やめる決断を下すためのポイントを紹介しておきます。

始めるときに、終了条件まで決めておく

前回の記事でも書きましたが、何かを始めるタイミングで一番効くのは、最初から撤退ライン(終了ライン)を決めておくことです。

例えば、

  • どの指標がどこまで届かなければ止めるか
  • どの時点で判断するか
  • 誰が最終判断するか

このあたりを決めておくと、「ラインに満たなかったのでここでやめる」と言いやすくなります。

とはいえ、実際には引き継いだ施策やプロジェクトもあるでしょう。その場合、こうしたラインが用意されていないことのほうが多いです。 その場合は新規に期限を設けても良いでしょう。例えば、現状把握 → 2ヶ月後の目標値を設定 → 2ヶ月後に検証、そこで継続/縮小/終了の判断に持ち込む、という流れです。

「やめる」決断を下せるのは意思決定者だけ

基本的に決断しやすいのは、リーダーやマネージャーのように意思決定を担う立場の人です。逆に言うと、やめる判断は現場だけでは実現が困難です。

もし意思決定の役割を担っている場合は、「やめる」判断が長期的に大きな効果をもたらすことを意識しておいてください。自分にとっても簡単ではないかもしれませんが、チームメンバーは尚更難しいと感じているはずです。ちなみに書籍『みんなでアジャイル ―変化に対応できる顧客中心組織のつくりかた』では、組織重力の3法則として以下のように書かれています。

承認した最上位の人間が止めない限り動き出したプロジェクトは止まらない。

やめる決断をするときは、胃の中がキリキリするかもしれません。それでも長期的にみて正しい判断であることを信じて、勇気を持って決断しなければなりません。

やめるときは「結論」だけでなく「ストーリー」を語る

当然ながら「やめます」と話すだけだと、ステークホルダーや特に尽力してきたメンバーに納得感は生まれません。悪い知らせほど、背景の説明が必要です。

説明をする際は、できるだけ透明性を持って伝えることが重要です。例えば「戦略的見直し」といった抽象語で本音を誤魔化そうとしても、現場ではさっぱりわかりません。下手をすると不信感が募るだけになります。

それよりは、現状の診断、基本方針、次の行動をストーリーとして語ったほうが良いです。(なお、このスキーマは、書籍『良い戦略、悪い戦略』にあるものと同様です。戦略の話は別の記事で)

ストーリーを伝えるときは、少なくとも次の項目を押さえておくと納得感が高まります。

  • いま自分たちがどんな状況にあるのか
  • なぜ今やめる必要があるのか
  • 組織としての大きな方向性は何か
  • この先何を目指すのか、どう行動するのか

伝える順番とタイミングを事前に設計する

やめる施策やプロジェクトの対象には、たいていキーマン、サブリーダー、関連部署のリーダー、現場メンバーなどが関わっています。ステークホルダーが多いほど、誰に・いつ頃・どの順番で話すかを意識しておくと良いです。これだけで着地の衝撃がだいぶ変わります。

順番を間違えると、意図しない形で話が先に伝わり、余計なハレーションが生まれます。そのため、「悪いことを伝えるためのコミュニケーション戦略」を先に設計しておくべきです。具体的には、簡易的ではありますが、次のように設計するイメージです。

  1. キーマンに1on1で伝える、明後日までに実施
  2. 関連リーダーに説明して合意する(影響範囲、調整事項)、来週までに実施
  3. 実行メンバーに全体説明する + 問い合わせを個別に受けられるようにする、月末に実施
  4. 必要なら全社にも共有する(要点、問い合わせ窓口)、翌月初旬に実施

より詳細には書籍『レジリエントマネジメント』のChapter4が参考になります。

まとめ

始めるより、やめるほうが難しい。冒頭に述べたように、これは改善施策でもプロダクト開発でも同じです。やめる決断を下すために、

  • 始めるときに終了条件を決めておく
  • 引き継ぎ案件は期限付きを新たに設定して判断ポイントを設ける
  • サンクコストではなく、今後続けた場合とやめた場合の効果で判断する
  • 最終的には、心理的ハードルを乗り越えて、意思決定者(リーダー)がやめる判断をする

を意識してみてください。わかっているけどサンクコストを払い続けている案件がないか、考えてみても良いかもしれません。